善光寺 (長野県長野市)
2017/09/13 早朝6時過ぎですが、旅立の日です。 今回は1年ぶりになります福島県の友人を訪ね、共に秋田県へ行く計画です。時間も掛かるので少し早めに出発して、一般道でどれくらい走れるか、そして高速代を幾ら節約できるか、今後の糧になることを考えて道中を楽しみたいと思います。 自宅(長久手)から猿投グリーンロード(153号線)を北上して長野県飯田市まで一般道での走行です。 因みに高速を利用すれば3,120円掛かります。 しかし、流石に時間が掛かり過ぎましたので、飯田からは中央自動車道を利用して長野で宿泊することにします。 翌朝は、長野県のシンボル的存在の善光寺に参拝します。 これまでに幾度か訪問しましたが、訪問した時代や年齢によってその趣も違って見え、それなりの風情を感じます。 「お朝事」があるとの事で、たまたま参道で合掌していましたらご住職に頭を叩かれたような感じがしましたが、よく分かりません。 ネットでは「お数珠頂戴」と云って御利益があるのだそうです。 偶然でしたが、良い事がありそうな気がします。 「善光寺」の概要は、一光三尊阿弥陀如来様を御本尊として、創建以来約千四百年の長きに亘り、阿弥陀如来様との結縁の場として、民衆の心の拠り所として深く広い信仰を得ております。 豆辞典として、「牛に引かれて善光寺参り」と言う言葉があります。 それは昔、長野の善光寺近くに住んでいた不信人で欲深い老婆が、さらしていた布を隣の家の牛が角に引っかけ走り出したのを見て、その牛を追っていくうちに善光寺にたどり着き、それがきっかけで度々善光寺に参詣するようになり、信仰の道に入ったという言い伝えです。
見どころ 本堂 仁王門〜仲見世通り〜山門
アクセス 上信越自動車道「長野IC」と「須坂長野東IC」とも、善光寺までの所要時間はお車で40分程度です。「JR長野駅」から善光寺まで路線バスで15分
所在地 長野県長野市大字長野元善町491-イ






小谷城跡より琵琶湖を望む 滋賀県長浜市
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中尊寺・金色堂 (岩手県西磐井郡)
2011/10/14 過去の訪問データよりです。 秋が深まり肌寒くなった東北地方に、まさか足を踏み入れるとは思いませんでした。 世界遺産登録という意味合いを含め、岩手県にある平泉の「仏国土(浄土)」を表す建築や庭園、それに藤原三代のミイラが祀られている中尊寺金色堂などに興味を感じやってきました。 今回は流石に遠方なので、公共交通機関を利用することにしました。 平泉駅から徒歩25分です。 丁度散歩がてらに風情を愉しむのもいいかもしれません。 途中シャドーボックス(平面の絵から立体感のある絵を作る技法)という額縁店を発見しました。 物珍しいので少し立ち寄りました。 なかなか面白い技法、やってみる価値ありそうです。 少々時間を掛けましたが、境内へと進んでいきます。 最初に登場したのは「毛越寺(もうつう寺)」で、お目当ての「金色堂」はまだまだ奥でしたが、程好い間隔で庭園や建物群を見ることができ退屈はしませんでした。 見学時間約1時間30程度でした。 金色堂の所見を述べますと、煌びやかな金箔が目映いばかりで、この由緒ある寺を築き歴史を彩った人達の苦労が滲み出ている気がします。 概要の中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗東北大本山の寺院です。 奥州三十三観音番外札所として山号は関山(かんざん)、本尊は釈迦如来だそうです。 寺伝では円仁(えんにん)の開山とされています。 実質的な開基は藤原清衡で、奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名で、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始め、多くの文化財を有しています。 豆知識として、「源義経」「弁慶」の終焉の地として、江戸時代の俳人「松尾芭蕉」も訪れ句を詠んだとされ、「五月雨の降りのこしてや光堂」「夏草や兵どもが夢の跡」などがあります。
見どころ 「中尊寺」「毛越寺」「金色堂」「観自在王院跡」
所在地 岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
アクセス JR平泉駅から車で約5分
武田氏館跡 (山梨県甲府市)
2014/05/14 過去のデータの中に、掲載漏れの訪問地がありましたので、この際登場させることに致します。 訪問したのは、甲府市にある「武田氏館跡(躑躅ヶ崎館跡)」です。 甲府の甲斐武田氏と言えば戦国時代の勇士である武田信玄ですが、茨城県ひたちなか市にも武田氏館跡(再現)が存在するようです。 ひたちなか市の「武田氏館跡」は甲斐武田氏の発祥の地とされており、武田氏は源氏の流れをくみ那賀郡武田郷に土着した源義清は地名より、武田氏を名乗り武田氏の始祖となったようです。 ここに登場させ訪問した甲府市の「武田氏館跡」は、日本100名城に登録されていますが、城というよりは館です。 甲府城のような規模はなく、社殿や鳥居のような建物が目に留まりますが、城としての遺構(石垣、土塁、水堀、空堀土橋、虎口、井戸、天守台、復元馬出し)が点々と残っています。 概要は、甲斐国守護武田氏の本拠である甲府に築かれた館で守護所が所在しました。 現在の跡地には武田神社があり、「武田氏館跡」として国の史跡に指定されています。 築かれたのは戦国時代で甲斐源氏武田氏の本拠地で、居館と家臣団屋敷地や城下町が一体となっていたようです。 信虎、晴信(信玄)、勝頼3代の武田氏60年余りにわたって府中として機能し、後に広域城下町としての甲府や、近代以降の甲府市の原型となりました。
所在地 山梨県甲府市古府中町2611
見どころ 武田神社に架かる神橋 能殿
アクセス JR「甲府駅」北口より徒歩約2.2km。 バスにて約8分「武田神社」下車 。
宇都宮城跡 (栃木県宇都宮市)
2011/10/12 過去の訪問データよりです。 東北への玄関口でもある栃木県ですが、こう言ってはなんですが殆ど素通りしてしまいそうな感じがします。 今回の目標は世界遺産である「日光東照宮」に行くつもりで、宇都宮を訪問しました。 それでも県庁所在地ですので、何かあると思いつつ走行しているとありました。 城址公園に櫓らしき建物を発見です。 城跡名は「宇都宮城」まぁ期待するほどの代物、などという云い方はよくないのであるだけでも有りがたいです。 一期一会の旅の思い出に刻んでおきました。 概要として、「宇都宮城」は関東七名城(注1)のひとつに数えられる城です。 江戸時代は宇都宮藩の藩庁で、徳川将軍の日光東照宮参拝の際には将軍の宿泊施設として利用されてきました。 明治初頭の戊辰戦争の際に焼失し、第2次世界大戦後に都市開発が行われたため、遺構はほとんど残っていませんが、本丸の一部の土塁が現存しています。 また本丸の土塁と堀が外観復元、建物(清明台、富士見櫓、土塀)が木造で復元され、宇都宮城址公園として一般に公開されています。 今後も本丸御成御殿、本丸清水門、本丸伊賀門を復元する計画があるようです。
見どころ 宇都宮城ものしり館 清明台櫓
所在地 栃木県宇都宮市本丸町旭1丁目
アクセス JR「宇都宮駅」下車、西口バスターミナル38番乗場より関東バス「市内循環線(きぶな)」で「宇都宮城址公園入口」下車、徒歩約15分。
東北自動車道「鹿沼IC」より約20分
注1)関東七名城とは、「川越城」川越市、 「忍城」行田市、 「前橋城」前橋市、 「金山城」太田市、 「唐沢城」佐野市、 「宇都宮城」宇都宮市、 「多気城」つくば市、 もしくは「太田城」常陸太田市です。
日光東照宮 (栃木県日光市)
2011/10/12 過去の訪問データよりです。 宇都宮城を後にして、世界遺産である日光の社寺を訪問することにします。 私が訪れたのは2011年の事ですから、平成の大改装が2013年7月より行われ、2017年3月には陽明門は竣工されていますので、私が訪問したのは改装前と言う事になります。 宇都宮城より時間的には、2時間以内で着けると思います。 なかなか来る機会がないので一般道を堪能しながら、目的地に向かうことにしました。 途中には並木道もあって結構風情があります。 後で知ったことですが、世界一長い並木道として、ギネスブックに「日光杉並木街道」として登録されているそうです。 そうこうしている間に境内への入口に到着です。 平日だと言うのに観光客が多いです。 やはり目的は陽明門でしょうか、流石に人が殺到しています。 私も初めてなので混乱に右往左往させられました。 所見は豪華で色鮮やかと云った感じです。左甚五郎の眠り猫や三猿とも初めての対面でした。 温故知新が当てはまるかどうか分かりませんが、一歩前進しました。 概要は、日本の関東地方北部の栃木県日光市に所在する神社です。 江戸幕府初代将軍の徳川家康を神格化した「東照大権現」を祀っています。 日本全国の東照宮の総本社的存在です。 正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」ですが、他の東照宮と区別する為に、「日光東照宮」と呼ばれることが比較的多いようです。 その歴史は少なくとも源義朝による日光山造営までさかのぼり得るもので、源頼朝がその母方の熱田大宮司家の出身者を別当に据えて以来、「鎌倉幕府」「関東公方」「後北条氏」の歴代を通じて、東国の宗教的権威となっていました。 こうした歴史を背景に、徳川氏は東照宮を造営したと考えられています。
見どころ 「陽明門」「社寺の木彫像」「建造物」 境内拝観料は、大人1300 中学以下450
所在地 栃木県日光市山内2301
アクセス JR東日本日光線「日光駅」「東武日光駅」から東武バスで「日光東照宮西参道」下車。車では、日光宇都宮道路「日光IC」より約15分