さすがに都会の祭りに比べるとスケールは小さいですが、それ故に民族文化の源を感じ、町の人と人のふれあいが熱く受継がれていく素晴らしさに感服しました。概要は、今から約370年前の寛永20年(1643)丹羽光重公が二本松城主として入部、「よい政治を行うためには、領民にまず敬神の意を昂揚(こうよう)させること」と考え、現在の栗ヶ柵に丹羽家の守護神と民の守護神を祀る御両社として二本松神社に遷宮し、領民なら誰でも自由に参拝できるようにしました。そしてその神社の例大祭として行われたのが「提灯まつり」の始まりといわれております。日本三大提灯まつりの一つと言われ、当初は旧暦の8月15日を挟んで夏祭りとして行われていました。大正7(1918)年の二本松大火から現在の10月4、5、6日に行われるようになっています。アクセスは二本松神社まで、JR東北本線「二本松」駅徒歩約1分。 東北自動車道「二本松IC」より約5分。見どころは4日の宵祭り、二本松神社(御神火祭)。



二本松提灯まつりの歴史と内容について
この提灯まつりを例大祭として執り行う二本松神社(二本松市本町)は、寛永20年(1643)に二本松藩藩主の丹羽光重が入城した際、丹羽家の守護神の八幡宮を左に、民の守護神を右に二つの神を祀る御両社として、現在の場所に遷宮されました。その後神社は2度の大火で焼失しましたが、文化3年(1806)に再建された建物が現在に至っています。
例大祭としての二本松提灯まつりは、曜日に関係なく毎年10月4日〜6日の3日間の行程で行われます。祭りは宵祭り、本祭り、後祭りとあり一般的には本祭りがメインとなりますが、この提灯まつりは4日の初日が一番の見どころとなります。
祭りに使用される山車(太鼓台)は元々は6台で、巡行順位より旧二本松藩内の本町(もとまち)、亀谷(かめがい)、竹田(たけだ)、松岡(まつおか)、根崎(ねざき)、若宮(わかみや)の6町の山車でした。後になって二本松藩(丹羽光重)の時代、居城であり武家の宅地でもあった郭内(かくない)が末尾に加わり現在の7台の巡行になっています。
メインとなる4日の祭りは午後5時頃より亀谷のロータリーに集結した7台の山車の提灯に、二本松神社より頂き松明で運ばれて来た御神火を入れる所から始まります。その後7台の山車は其々の町の囃子に勢いを得て亀谷、郭内、竹田、根崎、本町、若宮、松岡へと7町合同曳き回し巡行を開始します。
其々の山車には町名の入った高張提灯を前後に配し、そして山車の周りには約300余りの提灯がローソクで灯され、また屋根の上には約11m上空に飾り付けられた「すぎなり」と呼ばれる8個の提灯にも御神火が灯されます。各町は山車と共に山車に乗った囃子を受け持つ子若
(基本的に小4〜中3位)、運行を担う若連(18歳〜35歳位)、そして袴姿の祭典事務方(若連のOB達)が連れ立ち巡行します。山車1台分に使用されるローソクは一晩で約1,500本以上になります。子若が奏でる囃子は各町其々異なり、また巡行の場所によって使い分ける囃子が各町
に数種類あります。また各町に必ずある砂切(しゃぎり)と言われる威勢のよい囃子があり、最もよく使われる囃子の一つで主に坂道などの巡行時に用いられますが、既述の通り名前は同じ砂切でも各町に独特の節回しがあります。
4日夕刻に出発した7町合同曳き回しの山車は夜半過ぎには、二本松駅前ロータリーで宵祭りの巡行を終えます。
5日の本祭りは山車とは別に例大祭として最も重要な神輿渡御(みこしとぎょ)がありますが、見物としてはやはり山車巡行がメインになります。朝8:30頃の駅前を出発した山車の7町合同曳き回しは、昼12:00頃に根崎の交差点に到着し昼食の中休みになります。この日中の山車巡行には提灯ははずされています。昼食の中休みを終えた各町の山車は7町合同曳き回しを終了し、其々の町へと帰っていきます。そしてその日は其々が其々の町内にて曳き回し巡行が行われます。言うまでもありませんが、夜の巡行には再び提灯が取り付けられ火が灯されます。
最終日、6日の後祭りは夕刻5:45頃に其々の各町での曳き回しを終え、若宮、松岡、本町、亀谷の4町合同曳き回しが亀谷坂上より、また郭内、竹田、根崎の3町合同曳き回しが霞ヶ城の箕輪門前より火を灯した提灯を取り付け巡行を開始します。そして4町合同曳き回しが若宮見付の交差点で、3町合同曳き回しが根崎の交差点で夜8:30頃に解散式で終了します。解散した山車は再び其々の町へと帰って行き、各町内での曳き回しが夜半過ぎまで続き二本松神社の例大祭「提灯まつり」の全ての巡行は終えます。
近年ではそれ程遅くまでの巡行は行われなくなりましたが、嘗ては翌朝まで山車の囃子が鳴りやまなかった時代もあった様です。 この二本松神社例大祭「提灯まつり」は日本3大提灯祭りの一つとされており、また奏でられる全ての囃子と祭り自体が福島県重要無形民俗文化財に指定されています。
[各町の主な囃子の種類(同名の囃子で基本似ている所もありますが、各町の全て独自の囃子になります)]
本町・・・・・・・・・・ 砂切 角兵衛 角兵衛くずし 祇園 豊囃子
亀谷・・・・・・・・・・ 砂切 角兵衛 角兵衛くずし 祇園 豊囃子 聖天 馬鹿囃子
竹田・・・・・・・・・・ 砂切 角兵衛 祇園 豊囃子 岡崎
松岡・・・・・・・・・・ 砂切 てんや てんやくずし 豊囃子 聖天
根崎・・・・・・・・・・ 砂切 角兵衛 祇園 祇園くずし 豊囃子 聖天 盆踊 かごまい
若宮・・・・・・・・・・ 砂切 若囃子 てんや てんやくずし 祇園 祇園くずし 一本囃子 聖天
郭内・・・・・・・・・・ 砂切 角兵衛 きざみ 祇園 豊囃子 聖天
二本松提灯まつり (福島県二本松市)
2013/10/04いよいよ今回の旅の目的の二本松提灯祭りにご対面する日がやってきました。
以前から二本松市の友人より話があり、「一度見に来ては」と誘われていたので,見に来ることに相成なりました。御存知の通り二本松市は大河ドラマでも紹介されたように、戊辰戦争の会津藩白虎隊とはまた異なり、13歳〜17歳の少年が急遽結成された当時は名もなき隊で、迫りくる西の大軍に対して最後まで立ち向かい、奥羽越列藩同盟の信義を貫き、凄まじい一藩総玉砕戦で散っていった、霞ヶ城のある町と云えばお分かりと思います。また高村光太郎の妻、高村智恵子の生家(造り酒屋)がある町でも有名です。(詩集
智恵子抄)
年に一度の二本松神社の例大祭とあって、町を挙げての大賑わいです。夕方5時から開催のため、山車の飾り付けにおおわらわで、なかでも提灯祭りと言う呼び名の通り提灯が見どころで、夜の巡航には約300個の提灯をを各山車の提灯枠に取り付け、出発間際に灯火する等趣向を凝らしています。
山車の中には囃子方(子若)が陣取り、曳きまわし場所に応じて囃子の種類を変えています。というのも二本松は坂が多い城下町の為、曳き手にとっては苦労が絶えません。それを場所に応じた囃子で威勢良く励ましているのです。屋根には提灯を華やかに見せるパフォーマンスやローソクの交換等、多彩な演出を若者達(若連)が盛り上げています。云い忘れましたが山車は全部で7台あり、旧二本松市の各7町の山車しが一年の災いを吹き飛ばす勢いで町中を練り歩きます。