万座毛 (沖縄県国頭郡)
2013/07/01今帰仁城跡(なきじん城跡)からビーチ沿いに南下して約1時間で沖縄3大岬の万座ビーチに到着ですが、万座毛岬(まんざもう岬)は少し離れたところにあり、観光の名所になっています。サンセットビューや遊歩道で岬の先端までいけるので、カップルには最高のスポットです。先端からは象の鼻といわれる岸壁と周りを彩る海のコバルトブルーとコーラルブルーが絶景ですね!無料駐車場の側には土産店も並び、どこか懐かしい雰囲気が漂います。アクセスは沖縄自動車道「屋嘉IC」から約7q恩納村恩納海浜公園
勝連城跡 (沖縄県うるま市)
2013/07/02中城城跡でかなり直射日光を浴びたせいか少々体調を悪くしてしまいました。軽微な日焼けだと思いますが肌に異変発生で、近くのドラックストアに駆け込み軟膏薬を調達し、しばし吸水と休憩をとりました。小一時間ほど休息後して再出発です。勝連城(かつれん城跡)はうるま市の海沿い近くに位地しているので、恐らく海も眺望できると思います。いよいよ目標地に到着しましたが、最高に暑い時間の13時です。最上段まで10分くらいですが、暑さを我慢した甲斐ありました。沖縄で訪問したどの城跡よりも見晴らしが良く、360度の大パノラマの景色は私にとって最高の三ツ星です。誰が見ても絶賛するでしょう。それに加えて無料で見学自由とかなり太っ腹で、本当に世界遺産かと良い意味で疑いたくなりました。勝連城が築かれたのは13世紀の初め頃と伝えられています。勝連按司(あんじ)がこの地を統治し、その居城としていました。阿麻和利(あまわり)は、その10代目の当主です。護佐丸を倒した阿麻和利は天下取りの野望を持っていましたが、夢破れ最後は首里王府軍に攻められ命を落としますが、そればかりか長い間王府に反旗を翻した逆賊といわれていました。しかし地元勝連では、善政をしき交易でこの地を富ませ、人々から救世主のように崇められていたのです。見どころは、唐船にも例えられる城壁、展望台の景観、近隣海中道路。アクセスは沖縄自動車道「沖縄南IC」から約20分若しくは「沖縄北IC」から約15分
知念岬 (沖縄県南城市)
2013/07/03最終日はホテルのチェックアウトを済まし那覇から少し南下して玉城城跡(たまぐすく城跡)を目指すことにしました。途中の標識などに惑わされながら、漸く行くと南城市内(なんじょう市)にある玉城城跡に着きましたが、あまりの暑さと前日の熱中症を考えると山道は無理と判断し回避する事にしました。しかし折角此処まで来たのですから駐車場から直ぐ行けるスポットを捜し、最終的に選んだのが知念岬です。玉城城跡駐車場から時間20分くらいで岬に着きました。そこは南城市体育館の裏手にあり、久高島(くだか島)やコマカ島を望むパノラマを目の前に望めます。沖縄の海はどこも同じように透き通ったブルーです。アクセスは「南風原北IC」からR331で約40分
玉陵 (沖縄県那覇市)
2013/07/02首里城から遠からず、王家の墓があるということで訪問することにしました。勿論、世界遺産に登録されてはいますが、観光客の数は首里城に比べ雲泥の差でかなり格差があり過ぎでした。華やかな建築物に比べると当然なのかもしれません。玉陵(たまうどぅん)は1501年尚真王(しょうしん王)が父尚円王(しょうえん王)の遺骨を改葬するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となりました。因みに第一尚氏(1406〜1469)は、尚思紹王(しょうししょう王)を始祖として尚巴志(しょうはし)の戦乱時代でもあり、第二尚氏(1469〜1879)は、尚円王が始祖で410年間沖縄の琉球王国を統治しました。アクセスは首里城から徒歩約8分 入城料 大300円 小150円


首里城 (沖縄県那覇市)
2013/06/30久しぶりの飛行機での旅行になりますが、勿論欠かすことの出来ないのはお城巡りです。今回の百名城は世界遺産にも登録されており、なかなか見る事の出来ない所もあるので楽しみです。名古屋のセントレア空港を15時に発ち、約2時間でお目当ての沖縄に到着です。那覇空港からレンタカーを利用してホテルまで20分、いやいや近くて幸いしました。おまけに首里城まで車で5分と助かります。それにしても梅雨明けから1週間以上経ってのこの猛暑、シルバー族にはやや厳しい日射しですね。首里城には18:30頃に入館しました。本州のお城に比べて開館〜閉館までが長く19:30まで景観を楽しむことができます。少し琉球王国に触れますが、首里城の創建は14世紀頃といわれていますが、詳しいことはわかっていません。1406年に尚巴志(しょうはし)が琉球王国を支配のため居城として以来、1879年に最後の国王の尚泰(しょうたい)が明治政府に明け渡すまで、約500年にわたって琉球王国の政治、外交、文化等の中心として栄華を誇りました。首里城には中国や日本、そして東南アジア等との交易から様々な文物がもたらされ、漆器、染織物、陶器、音楽など、琉球独特の文化が花開いたのです。首里城は1453年「志魯(しろ)・布里(ふり)の乱」や1609年島津(薩摩)の侵入などで幾度となく焼失しながらも再建されていました。そして1945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城は、1992年の沖縄本土復帰20周年を記念して復元されました。詳しい歴史については、是非首里城を訪問して頂き、五感で味わって頂きたく思います。見どころは、首里城正殿、守礼門、書院、鎖之間と庭園 入城料 近隣の玉陵(たまうどぅん(陵墓))大800円、中600円、小300円。アクセスはモノレール那覇空港から首里駅まで約40分、徒歩15分

中城城跡 (沖縄県中頭郡)
2013/07/02昨日の一日を今帰仁城跡(なきじん城跡)だけで終わったのか?と質問されても困るのですが、つい旅を満喫しようと思い、今帰仁城跡から程近い瀬底ビーチ(せそこビーチ)に向い、人生61年にして初めてパラセーリングに挑戦しました。水上40〜50mの高さは少し恐怖心に駆られましたけど、いやほんまに最高と表現するのか絶景そのものでした。そのあと万座毛(まんざもう(絶壁海岸の景勝地)を見学して一日をおえました。そして本日は首里城を再見学して、目標の中城城跡(なかぐすく城跡)に向います。中城城跡はR329で約1時間の道程でした。余談ですが最近のレンタカーは殆どナビが付いているので、未踏の地でも容易に移動できて便利です。駐車場から城跡まで少し勾配がありますが、本州の山城に比べたら多少楽に思えます。しかし、暑いです。中城城跡は15世紀中頃、築城家の名手と言われた護佐丸(ごさまる)が築いたと伝えられています。首里王府に対抗する勝連城主(かつれん城主)の阿麻和利(あまわり)を牽制するために、座喜味城主(ざきみ城主)であった護佐丸が国王(首里城の尚泰久王(しょうたいきゅう王)からの命令により移り住んだ城です。しかし琉球王権を狙う勝連城主の阿麻和利に攻められ護佐丸は自害しました。ここに座喜味城の事を記載しましたが、残念ながら沖縄の世界遺産登録地で唯一今回は訪問出来なかったのがこの城跡でした。機会あればいつかホームページに載せるよう頑張ります。見どころは、石垣積み(野面積み・布積み・あいかた積み)、護佐丸の墓、郭城壁。入城料 大400円。アクセスは那覇バスターミナルから「宜野湾市行き」で約50分「普天間」または「普天間入口」下車、タクシーに乗り継ぎ約5分


今帰仁城跡 (沖縄県国頭郡)
2013/07/01本日も目映いほどの晴天に恵まれました。現在午前7:00駐車場からのすべり出しも順調。いよいよ今帰仁城(なきじんぐすく)に行くわけですが、まず那覇ICから許田ICを経て名護市に向います。まず高速道路を使って移動を選択し、最初に遠方を目指して帰り道に一般道を利用し海岸等の景観を堪能しょうと思います。許田ICからR58〜R505を経て今帰仁城跡(なきじん城跡)に着いたのは、午前8:30です。駐車場には誰もいません、開館が8:30で平日ですから、当然の事といえば当然かも、独りで愉しめるのでそれも良いです。今帰仁城跡も首里城同様に世界遺産に登録されています。今帰仁城跡は本州の城跡に比べて石垣の造りが違っていて、曲線が美しく例えて云いますと中国の万里の長城のように龍が体をくねらせているような石垣に見えます。勿論規模は全然違いますが、所見からは殆ど中国文化に近いですね。その石垣から眺める景色は、緑の谷そして水色とターコイズ・ブルーに色分けされた海が広がっています。当時はもっと今以上に自然な景色だったと思います。歴史は13世紀末に築城が始まり、そのスケールは沖縄本島の北部を治めた「北山」の城として、首里城に次ぐ規模だったそうです。明との朝貢(ちょうこう)貿易で富を蓄え勢力を伸ばし、与論島や沖永良部島まで及んだと言います。中国への朝貢の記録から北山を治めた?尼芝(はにじ)a(みん)攀安知(はんあんち)という3人の王は実在が確実視されています。1416年に尚巴志(しょうはし)の軍勢に敗れ、首里の中央政権はこの地を北部の備えとして、尚巴志の息子が監守につき首里王府の北部政庁としました。1609年には薩摩軍に攻め込まれ炎上もしましたが、1665年の最後の監守が引き揚げるまで、北部やんばるの人々と生き続けました。豆知識として、やんばる(山原)は沖縄北部の自然の多く残っている地域を意味し、お城の呼称はグスクと言います。見どころは志慶真(しじま)門郭、石垣からの景観、今帰仁村歴史文化センター。入城料 大400円、小300円 アクセスは名護バスターミナルから本部循環線で約40分「今帰仁城跡入口」下車約15分