私が浜中に上がる前の小学生だった頃、浜寺水練学校に通っていました。その時の浜寺公園駅舎(南海本線)です。
先日、全国ネットのニュースで流れていましたが、この駅舎も間もなく無くなるそうです。何処かに移築し保存するようです。

事前に許可を得ていなかったので、正門越しに中をそっと撮影させて頂きました。景色は全く違いましたが、
小雨の中に舞い散る桜がとても印象的で、何故か懐かしい気持ちになりました。これをデジャブと言うのでしょうか。

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現在の堺市立浜寺中学校正門です。門構もその向うに見える景色も、今はもう当時の面影は全く偲ぶ事は出来ませんでした。
ただ、この門を出ると正面に、今は無くなってしまった四ツ池の西側半分があったのだろうと想像だけは出来ました。

浜寺中学校を中央にした、現在の航空写真画像です。

1960年代の地図で、上の航空写真画像とリンクします。

1960年代の航空写真画像です。浜寺中学校の東側は長閑な田園風景が続いていましたが、現在は全くそう言った景観は無くなり、住宅地となっています。

1960年代の堺市浜寺区域の地図と現在の地図の比較図です。現在浜寺中学校前には新国道26号線が新設され、通称四ツ池の西側半分が消滅しました。現在残っている池の正式名称は今池と言うようです。おそらく私達が
四ツ池と呼んでいたのは、この地(浜寺中学校の立地場所)が四ツ池遺跡だった事が理由と思われます。確かに当時校庭を掘ると、鏃などの石器が出てきたのを覚えています。

唯一と言っても良いかもしれない校舎の横には、今も変わらぬ四ツ池が静かに水を湛えていました。
そしてまた、池の向う岸には当時と変わらぬ墓地と火葬場がありました。
そう言えば、2年生の頃に私の教室(木造校舎)より授業中に立ち上る煙を見たのを思い出し、懐かしいような
そうで無い様な、少し複雑な気持ちになりました。

懐かしき我が故郷、浜寺。 平成28年(2016年) 4月7日に行ってまいりました。
私は大阪をを離れて久しく、以前この地を訪れたのがいつの頃なのか分らないほどです。
残念ながら当日は雨天ではありましたが、私の目には鮮明に当時の景色が蘇っていました。

堺市立浜寺中学校